Chapter 1 悪魔のささやきが黒い風に乗って流れていく。 「目覚めよ、同胞達よ。この世界を我等が覆わん」 一人また一人とおぞましい気配を持つ者が大地へと繰り出す。周辺の生き物たちが散り怯えの篭った静けさが広がっていった。 ****************************** 古都ブルンネンシュティグとその東に位置する町ハノブを分断するようにエルベルグ山脈はそびえたつ。その山脈には、辺りを見下ろしモンスターや侵略者などを見張るための高台が設けられている。 「よくこんなところまで足を運んでくれたな、シア」 暖炉で揺れ動いている炎が、ぬくもりのあるオレンジ色に部屋を照らしている。 「お前が何度も手紙で退屈だと言ってくるからその暇している顔を拝みに来たよ」 シアと呼ばれた男は、ビールがなみなみと注がれた木製のジョッキを持ち上げる。喉に流し込まれた液体が元気よく胃の中で躍りだす。 「相変わらずいい飲みっぷりだ。お前んとこのボウズもかなりいけるのか?」 「いや、それがアランの奴つきあいが悪くてな、全然飲まないんだ。妻は酒代を出してくれないし」 一瞬妻の非難の眼差しが脳に浮かびブルリと体を震わす。 「お前ほんとは酒目当てでここに来たんだろ?」 「……はっはっは!お前はいい奴だよブラウン!」 ごまかすシアに対してブラウンは苦笑いを浮かべながら追加の瓶ビールを持ってくる。 彼は高台に勤務している兵士だ。最近では緊急事態が起こることも少なく、平和だが退屈な日々を送っていた。そんな彼の様子を見に訪ねてきたシアに感謝している。 シアは渡されたジョッキを掲げて声を張り上げる。 「酒の神様に乾杯!」 「乾杯!」 ブラウンも同じように声を張り上げ鬱屈していた自分を吹き飛ばす。グビッグビッと喉を鳴らす音が、薪のパチパチと燃えさかる音と共に部屋に響く。 「楽しそうだな」 部屋の外の広間で寛いでいた兵士は明るい笑い声を聞きながらため息をついた。 「俺のフィアンセ、ここに来てくれないかな」 「何言ってるんだ。お前にフィアンセなんて今まで一度も耳にしたことがないぞ」 「ちぇっ、ばれてたか」 同僚に突っ込まれ、苦笑いを浮かべる。 「おい!門が開いてるぞ!」 朗らかな空気が急な怒鳴り声によってかき乱される。 「おい、一体誰が?」 兵士達が窓へと向かった。確かに高台を囲む塀の門があいている。シア達の朗らかな笑い声か響く中、『彼ら』がその姿を現した。
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